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マリコ院長のときたまトーク

声のちから

 私は以前から神社仏閣を訪ねるのが好きです。穏やかに清浄な空気を感じながら、苔むす庭の木々や草花を眺めつつ本堂に向かい、お線香の香りを嗅ぎながらただそこにいて手を合わせると、自分の平穏な心を感じ取ることができ、何かをしなければならない、きちんとしていなければならないなどという忙しない自我を一瞬でも忘れることができるのです。刺激的なことは一つもないにもかかわらず、自分の五感が正常に刺激され、満足するのです。このように、私にとっては、静かな満足に浸る神社仏閣との関わり方が主だったものであったのですが、最近お寺の朝のお勤めに参加する機会があり、これまでとは違った新たな発見がありましたので皆さんにお話したいと思います。

京都に智積院という真言宗のお寺があります。毎朝6時過ぎから朝のお勤めがあり、宿坊の宿泊客だけでなく誰でも参加することができます。先日思い立ってそれに参加した話です。

朝の冷気が漂う天井高く壮麗な装飾が施された金堂に、数十人の老若の僧侶が集い読経をするのを身を硬くしながら聴いていますと、ただ唱和するお坊さんの声に身を任せているうち、お経の意味はもはやわからないまま、まるで音楽を聴いている気分になってきます。それぞれのお坊さんの口から出る言葉がリズムに乗って、黄金の天井に向かって舞いながら立ち昇って行くような感覚を覚え、どれくらい経ったのか、徐々に声がより大きく重層し、クライマックスに至っては金堂全体が荘厳なコンサート会場となり、オーケストラを聴き終えたかのような充実感です。しかし余韻に浸る間もなく、「コンサート」終了後は全員で足早にとなりの「魔王殿」に移動し、今度は怒りの表情で仁王立ちする不動明王の前で導師の護摩炊きが始まります。

その周囲では勇ましい太鼓とともに、より激しく早いテンポでの読経、般若心経、真言を全員で唱和します。金堂より小さいお堂なので声がより大きく充満し、間近で接していると、護摩だきの赤い炎が私の心の中にも飛び込んで点火され、なんとも言えず一種の興奮、催眠状態に持っていかれます。お経の内容は分からないのに、リズム、音、声、空気が一体となって包み込まれ、現実から軽くトリップする感覚。さながらこちらはロックコンサートのようです。

とにかくエネルギー量が大きく、圧倒感がものすごく、終わるとふっと現実に引き戻された不思議な感覚に陥ります。最後に参拝記念のお札を頂いて帰りますが、帰りしな、この寺院のお坊さんはこれを1年365日毎日欠かさず、しかも日夜やっているのだと思うと、ただただ感嘆の念が溢れてきます。一堂に会し、一心に心を合わせ祈りの言葉を音楽のようにして唱和する声の生み出すエネルギーの大きさを今更ながら実感しました。お経の内容が分かればさらにより深く感動するのでしょうか。早速感動したことを、感謝の念を持って、案内してくれた若い修行僧さんに伝えました。

その後私が朝のお勤めのリピーターになったのは言うまでもありません。

 

 

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